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個人学習プロジェクト「偽中国語」中間報告

  個人学習プロジェクト 「偽中国語」 中間報告                                      朱 睿哲 トピックの説明、選んだ理由   偽中国語は、中国語そのものを真似するわけではなく、日本語を漢字だけで表記し、日本語話者同士が親しみを持って遊ぶためのものだ。中国出身である私にとって、日本文化の全漢字表記のこの現象は、興味深い視点を提供する。偽中国語を通じて、日本人が漢字文化をどのようにユーモラスに捉えているかを探ることができる ためである 。一方、私個人的には日本の若者文化も知りたい ので 、偽中国語を通じて、日本人が漢字 を活用する現象を調べ、日本人の若者の文字 の 遊び方を理解しようと考える。偶然に「対多」というアプリを耳にした ことを きっかけに、偽中国語についての調査を行う先決条件ができたこと に 気が付き、この機会を掴み、調べていきたいという気持ちが湧き出した。 今までの成果   これまでの調査成果は主に偽中国語の発展、ユーモアと言語現象の例文の収集である。   偽中国語という文体は 2009 年 に 日本で 初 めて 登場 し、最初は日本語の文法 に 従った文 から ひらがなを取り外し、漢字のみを残す文体だった。当時、当て字と表意文字(サーバー   ->   鯖|ポケモン   ->   携帯怪獣)という概念はまだ発展 していなかった 。 2016 年から日本の偽中国語文体が中国の SNS 「微博」で話題になり、中国でも 知られた。 その後 2019年、当時の 日本外務大臣河野太郎 が 訪中の際、偽中国語で投稿し、日中ともに注目させ、民間交流の貢献した 。偽中国語文化の流行りに応じて、「対多」は 2024 年 12 月に開始されたインターネット掲示板で、本来は完全に ショックアプリ の前提で作られたもので、すぐ日本で人気が高ま...

座右の銘と丁寧に生きる

  私の座右の銘は「行百里者半九十」です。「里」は距離の単位で、直訳すると「百里の道を行く者のうち、九十里にも満たずに諦める者が半数以上」という意味です。つまり、多くの人は途中で満足してしまい、最後までやり遂げることができないという教えです。 この言葉は、私自身の弱点を突いているように感じます。私はいつも、新しい概念を理解し、その基本的な使い方を覚えた時点で満足してしまいがちです。結果、どんな環境にいても中上格くらいのレベルには達成できますが、「最優秀」までにはどうしても無理です。この言葉は、私に対して「表面的な理解で満足せず、最後まで徹底的にやり抜け」と励んでいる存在で、いつもこの言葉を座右の銘として自分を警示しています。 私にとって「丁寧に生きる」とは、難しいことではありませんが、実行するのは簡単でもないかもしれません。私にとって、それは大切な人とともに、平凡で幸せな毎日を過ごすことです。 私が好きな歌手:優里の「シャッター」のサビの最後に、こんな歌詞があります。           「すべての時間を君だけに使えばよかった」 このフレーズを聴くたび、「この人生で後悔を残さないように生きていきたい」といつも思ってます。大切な人と過ごす時間を当たり前と思わず、目の前の瞬間を大事にすることが私にとっての「丁寧に生きる」ことなのかもしれません。