方言

  日本旅行のときの方言体験(京都)

 去年の夏、日本に初めて行ったんだけど、その時は自分の日本語にあんまり自信なかった。独学では勉強してたけど、実際に日本人とちゃんと会話できるかどうかと不安といっぱいかんじました。
 まずは東京に一週間滞在して、そこで少しずつ自信がついてきた。寿司おまかせを食べる時さえも全部日本語で板前さんと話してきた、英語を使ったのはホテルでバイトしていたベトナム人スタッフに一回だけ。彼の日本語がこっちより怪しかった(笑)。

 その後に京都に移動したんだけど、新幹線乗る時めっちゃ緊張だった。「京都の人は遠回しな言い方するし、方言も独特」って聞いてたから、ちゃんと聞き取れるのか不安でさ。
でも、京都に着いてからは予定とか特になかったから、ぶらぶら二条城とか御所あたりを歩いて回って、その後ふらっと入った珈琲屋さんでコーヒー2杯頼んで、店主と1時間程喋った。地元の人からのおすすめ観光スポットを教えてもらいたくて、観光客だらけの場所は避けたかったから。

 その会話の後、「京都弁って所詮そんなもんやん、ちょろだぜ」って謎の自信ついてきてさ。でも、それはまだ“罠”だった。店主に教えてもらった醍醐寺に行くため、4本バス乗り継がなきゃいけなかったんだけど、想像通りに、途中で道に迷っちゃった。それで、地元のおばあちゃんが「この子絶対観光客やろ」って感じで話しかけてきたんだけど……言ってることが3割しか分からんかった。しかもその3割、たいして意味ない無効内容ばっかり(笑)。

 おばあちゃんも「こりゃあかんわ」って思ったのか途中で一旦いなくなったんだけど、数分後に別のおばあちゃん軍団を連れて戻ってきて、みんなでわちゃわちゃ道を教えてくれていたけど、言ってることバラバラだし、ナビゲーションとも全然違う。あるおばあちゃんは心配してくれて、わざわざ紙とペン持ってきて、漢字で道順を書いてくれた。本当にありがたかった。けど、その時はっきり分かった。珈琲屋さんの店主の言葉はイントネーションがちょっと違うだけの「標準語」で、あれは京都弁じゃなかった。本物の“京言葉”は京都周辺の田舎のおばあちゃん達が話してたあれだ。

 それ以来、京都弁を聞くと、上品でエレガントな印象がある一方で、不思議と暖かさと、安心感もいっぱい感じる。






 自分の方言(福建省

 自分の出身地は福建省、昔から戦略的に注目されない地域だった。ずっと「八山一水一分田」と言われ(地形的に「山が8割、水が1割、田んぼが1割」)。住める土地も少ないし、みんな山の中にばらばらに住んでて、他の集落との交流もほとんどなかった。中央政府の影響もあまり届かないまま、各エリアがそれぞれ勝手に何百年も発展してきたから、方言がめちゃくちゃ細かく分かれてて、「三里不同調,十里不同音」(「3里(だいたい1.5km)歩いたら抑揚が変わるし、10里(5km)行ったら発音そのものが違う」)って本気で言われてる。

 しかも、昔、中国の北のほうが何度も蒙古からの異民族に攻められて、北の人たちが南に避難に引っ越すことが歴史的に三回もあって、福建にはその人たちの言葉も混ざってる。それがすごく古い中国語発音をそのまま残してて、今の中国語(標準語)とは全然違う。ちなみに、今の中国語(Mandarin)ってもともと「満(Man)洲語」から来てて、清の時代に北からやってきた満異民族が話してた中国語っぽい言葉がベースになってるんだ。声調も今は4つだけど、福建語は昔ながらの7声形8声調合計56種類の組み合わせが残ってて、もっと複雑。

 どれくらいバラバラかって言うと、祖父すら隣の県(県<市<省)に行ったら何言ってるのか全然分からないくらい。内地の中国人も福建方言は全然理解できない。第二次世界大戦の時には、軍の機密を守るために福建語で電報を送ってたらしい。日本軍に電報の内容を解読されても、福建方言そのものが理解不能だったっていう話もある。

 自分は中学から別の省(河南)で過ごしてて、地元にいなかったから、福建語を使う機会もどんどん減った。アメリカに来てからは、一回も話してない。そのせいで、今は自分の福建語もちょっと下手になってきたなって実感ある。でも、たまに誰かが福建語を話してるのを耳にすると、ものすごく懐かしくなるんだよね。まるで「おかえり」って言われてるみたいな、あったかい気持ちになる。





评论

  1. 福建省の方言は複雑で独特なんですね。
    遠く離れた土地で、地元の言葉を聞くと、懐かしく温かい気持ちになりますね。

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