博文

今学期の振返りと最終報告書

 今学期が始まってすぐにJPNS 401に転入した時、正直不安でいっぱいだった。自分が本当に400レベルの授業についていけるのか、全然自信がなかった。でも、最初の2週間くらいの緊張の時期を乗り越えた後、同じクラスの皆がすごく優しいことに気づいた。そして、荻内先生の豊富な指導経験のおかげで、毎回安心して授業に参加できるようになった。2〜3週間も経つと、授業中に全然緊張しなくなった。  今 学期の もう一つ 面白かったのはLanguage Exchangeだった。自分は中国出身だから、非英語圏の人が英語ネイティブと話す機会の貴重さをすごく実感している。それと同じように、日本語学習者にとっても、Language Exchangeの機会がどれだけありがたいかよく分かる。Language Exchangeを実施するなんて、天才的な発想だ。日本から来た方々も、僕たちの時間に合わせてくださって、朝早く起きて参加してくれたことに本当に感謝している。普段あまり接することのない日本人の視点や日本の現状についてたくさん学ぶことができた。来学期のLanguage Exchangeも楽しみだ。  今 学期、日本語や日本語関連のことで、授業や個人学習以外に二つの大事なことがあった。一つ目はJLPTに挑戦したこと。まだ結果は分からないけど、試験中、けっこう自信を持って問題を解けたから、合格できるといいなと思っている。もう一つは、早稲田大学のIPSプログラムに出願したことだ。英語のプログラムだけど、日本語のウェブサイトを大量に読む必要があって、この間、絶対的に日本語力が上がった訳じゃないけど、ウェブサイトを読むスピードは確実に上がったし、日本のウェブページの構造にもだいぶ慣れてきた。結果は12月17日に出るので、良い知らせを待たれよ!  来学期の402も楽しみしておる。宗教や神話みたいなテーマでどんな話が展開されるのかなぁ。402でも皆と一緒に勉強できるといいなぁぁぁぁ。 個人学習プロジェクト最終報告 1.   トピック : 日本で定住するのに最適な都市の選定   2. トピックの説明、選んだ理由 私は日本の大学院に出願する予定だ。修士課程を修了した後は、日本で就職し、定住するつもりだ。したがって、このテーマを調査することは単に興味深いだけでなく、日本についての...

ランゲージエクスチェンジ

     最初に参加した時、みんな結構緊張してたんだけど、実は日本からの参加者の皆さんがリードしてくださったおかげで、雰囲気が和やかになっていった感じがします。順番としてはまず英語で話してから日本語に切り替えるって流れだったんだけど、そのおかげで緊張していたみんなも少しリラックスできたんじゃないかなって思います。 英語パート      私にとって英語と日本語はどちらも外国語で、英語の方がちょっとだけ得意なんだけど、それでもやっぱり母語じゃないから、日本からの参加者の皆さんが話す英語を理解するには、異なる言語のロジックとか選ぶ単語、さらにアクセントの違いなんかもあって、頭がフル回転してた感じです。      同じように、私が話す英語を理解するのに日本側の皆さんもきっと苦労されたんじゃないかなと思います。なので、正直言って、英語での交流はあまり緊張を和らげることにはならなくて、むしろ自分の英語力がまだまだだなって痛感する時間でした。 日本語パート      次に日本語に切り替わった時、日本からの参加者の皆さんが私たちが外国語として日本語を学んでいることをすごく理解してくださっているのを感じました。話すスピードを抑えてくださったり、わかりやすい単語を選んでくださったり、時々英語で説明までしてくださって、本当にありがたかったです。      特に印象に残っているのは、普段聞けないような日本人の皆さんの視点や考え方を聞けたことです。例えば、日常生活のちょっとしたことや文化について、私たちが気づかない細かい部分なんかをシェアしてくださって、本当に勉強になりました。 参加者の皆さんへのメッセージ      今回のランゲージエクスチェンジに参加してくださった日本からの皆さん、土曜日の朝の貴重な時間を割いて参加してくださって、心から感謝しております。日本からの参加者の皆さんの早起きして積極的に学ぼうとする姿勢を見て、本当に励まされました!      またこんな機会があればぜひ一緒に話したいです!これからもお互いに言語学習を楽しみながら頑張りましょう!来学期のランゲージエクスチェン...

コミュニケーション・スタイル

    中国で生まれ育った私は、小さい頃から日本に似たコミュニケーションスタイルに慣れています。このスタイルには「建前」と「本音」の違いがあり、表面の言葉と本当の気持ちが分かれています。期待されるのは、できるだけ場面に合った言葉を使い、本当の気持ちを直接言わないことです。たとえ自信があっても、自信がないふりをして、謙虚さを見せるのが大事とされています。     しかし、このようなスタイルはよく不必要な問題を引き起こします。相手が自分の意図を正しく理解するとは限らず、誤解が生まれやすいです。話し手は意図が伝わったか分からず、聞き手も理解が正しいか自信がありません。例えば、本当は何かが欲しいのに、それを言い出せなかったり、学生が表面上はリラックスしていても、家で一生懸命勉強していることがあります。テストで良い成績を取っても、自信を示さず、謙虚でいようとするのです。     高校の時、私は自分の高校の模擬国連クラブの総責任者を務め、社団に関する全ての事務を総管していました。あるクラブの活動では、他の学校と連絡を取る役割が必要で、私は仲良いクラブ幹事にこの役割をしてほしいと思っていました。でも、直接お願いするのは失礼かもしれないと思い、暗示で自分の意図を伝えようとしました。例えば、会議で彼の組織力や外交に対する興味をほめました。しかし、彼は私の意図を理解せず、役割を引き受けませんでした。結局、追加の仕事として自分でその役割を担うことになりました。     もう一つの例も高校の時のことです。私は学校の生物クラブが行っていた実験に興味があり、ぜひ参加したいと思っていました。でも、 部 員募集の時期も過ぎていた故、直接言うのは遠慮して、ただ時々部員や幹部に実験のことを質問したり、生物学への関心を話したりして示そうとしました。しかし、クラブのメンバーは私の意図を理解せ ず(本当は理解したかもしれませんが向こうも間違うのは恐ろしいでしょう)、最終的にその機会を逃してしまいました。     これらの経験から、遠回しの表現では意図が伝わらないことがあると感じました。特に、役割分担や自分の興味を示す場面では、もっと直接的に伝えたほうが良いと思いました。

習い事

自分 が今まで経験した習い事には、英語、泳ぎ、単簧管、数学、卓球、バドミントンがある。特に影響が大きかったのは英語だけど、アメリカに住んでいる今、英語は特別なスキルというよりも日常的に必要なものだから、ここではあえて触れないことにする。 今回は、 自分 にとって一番大きな影響を与えた単簧管(クラリネット)について話したい。 小学校二年生から始めたんだけど、最初は幼い自分は楽器が重たくて持つのも精一杯だった。毎日4時間ほど練習して、長い音を安定して出すだけでも一苦労だった。でも、練習を続けていくうちに、いろんな曲を吹けるようになった。 その後、中国中央音楽学院の認定資格で、アマチュアの最高レベルである十級を取得した。でもそれはゴールじゃなくて、単簧管を学ぶ旅の始まりに過ぎなかった。学んでいる間に、演奏がうまくいったときの達成感を味わえただけでなく、同じように楽器を学んでいる仲間たちともたくさん出会ったんだ。自分は小学校と中学校の楽団(バンド)に参加して、どちらでも首席奏者として演奏していた。楽団の仲間たちと一緒に音楽を奏でる時間は、今でも心の中の宝物だと思ってる。 将来の習い事として、料理を本格的に学びたいと考えている。自分が中国で生まれ育ちで、今はアメリカに住んでいるけど、どうしても現地の食べ物が口に合わないことが多い。だから毎日自分で中華料理を作ってる。独学でいろんなおいしい料理を作れるようになったけど、料理を学べば学ぶほど、自分の料理の腕前にはまだまだ改善の余地があると感じる。料理の方法が単調だったり、火加減の調整がうまくできなかったり、まだまだ分からないことがたくさんある。 料理を体系的に学べば、自分の生活がもっと豊かになると確信している。さらに、将来、妻にいろいろな料理を作ってあげられたらと想像するだけで、なんだかとてもロマンチックで幸せな気分になるね。

心に残る音楽

            私の心に深く刻まれている歌は、EGOISTが歌う「Door」だ。公式の解釈ではないが、ここでは私自身の解釈を少し語ってみたい。           この曲を聴くたびに、まるで無限の闇夜の中で目を覚まし、何度も寝返りを打ちながら眠れない少女の姿が思い浮かぶ。暗闇の中では何も見えず、彼女は過去の繰り返される記憶に囚われている。遠くにかすかな光を放つ扉が見えるが、彼女がその扉へと必死に這い寄っていく度に、またしても深い奈落へと落ちていく。そして、やがて過去に閉じ込められた現実を受け入れてしまうかのような絶望感が漂う。           この曲の旋律は、常に苦しみながらも上昇しようとし、そして突然の落下で打ち砕かれる。特にトランペットが鳴り響く場面は、一層の悲壮感を際立たせている。全体的にはジャズ調のメロディだが、典型的なジャズとも少し異なり、その無力感がさらに強調されているように感じる。           歌詞の中でも、「止まった時を動かして あなたに会えるわ 繰り返した明日を 終わりにして」というフレーズがある。この部分には少女の苦悩が描かれており、「あなたに会えるわ」という希望が一瞬見えるが、その次にはすぐに「繰り返した明日を」と絶望が押し寄せてくる。この「繰り返した明日を 終わりにして」というフレーズは、一つの流れとして解釈できるが、私は「繰り返した明日を」とその後の「終わりにして」を分けて解釈することを好む。あえて「あなたに会えるわ」と「繰り返した明日を」一つの流れとして理解するほうが自然だと私は感じる。そうすることで、曲全体の感情的な基調がより明確になる。           また、未来、約束、くすんだ空に舞う黒煙、願いといった様々な意象が登場する。しかし、二つのサビの終わりに差し掛かると、「私はここにいるわ あなたの想いに 夢を見て永遠に眠る」と「あなたはここにいるわ 崩れ落ちる現実(いま) 夢を見て永遠に眠る 私は色褪せずに」...

個人学習プロジェクト中間報告

  トピック : 日本で定住するのに最適な都市の選定 1.        起 ( き ) (introduction) :トピックの説明、選んだ理由 私は日本の大学院に出願する予定だ。修士課程を修了した後は、日本で就職し、定住するつもりだ。したがって、このテーマを調査することは単に興味深いだけでなく、日本についての理解を深める助けにもなり、将来の就職方向を選ぶ際にも非常に役立つと考えている。現在、日本の政策も変化していて、経済特区がいくつか増えている。それによって、各都市の将来性にはさらに多様性が生まれて いて 、最適な定住先が必ずしも東京や大阪といった大都市とは限らなくなってきた。よって、このテーマはより深く考える価値のあるものになっている。   2.        承 ( しょう ) (content 1) :今までの成果(調べたこと、分かったこと、学んだこと、見つけた資料、など)   これまでの調査成果として、日本全国 47 都道府県から、人口が多い上位 15 の都道府県を選んで分析を行った。人口が多い地域を選んだ理由は、経済的に発展していて、仕事の機会が多く、インフラや公共サービスも充実しているためだ。特に上位 5 つの東京都、神奈川県、大阪府、愛知県、埼玉県は経済的な活力と良好な生活環境を備えている。 各都道府県の住宅価格と平均年収も調査し、居住のコストと収入のバランスが重要であることが分かった。例えば、東京都の住宅価格は高いが、平均年収も高いため、収入と支出のバランスが一定のレベルで保たれている。また、自然環境や災害リスクも考慮し、特に地震や津波のリスクが高い地域では、居住には適さないと判断した。 最終的に、年収と住宅価格のバランスに加え、災害リスクの低い 5 つの都道府県、神奈川県、愛知県、埼玉県、兵庫県、広島県を選定した。次のステップとして、これらの都道府県から代表的な都市を選び、就職機会や産業構造、交通の利便性などの観点からさらに詳細な分析を行う予定だ。     3.      ...

先生との思い出

 私が小学四年生の頃、塾で初めて数学を教えてくださったのが霍( /huò/  ,かく)先生でした。先生が私たちの授業を担当してくださると聞いたとき、正直なところ驚きと少しの疑念を抱いたのを覚えています。霍先生は少しふくよかで、歩かれるとその姿が柔らかく揺れていたので、当時の私は「本当にこの先生がしっかりと授業をしてくださるのだろうか」と思ってしまったのです。 小学生にとって数学は内容自体はそれほど難しくはありませんが、抽象的な概念を分かりやすく、そして直感的に教えていただく必要があります。さらに、小学生の興味を引きつけるためには、授業をユーモアたっぷりで楽しいものにすることが求められます。霍先生はまさにこの点において非常に優れていらっしゃいました。90分の授業も、あっという間に感じるほど面白く、気づいたら終わっていた、そんな感覚だったのです。 霍先生との出会いをきっかけに、私の数学の成績は飛躍的に向上しました。先生はただ単に知識を教えてくださるだけではなく、私たちがまだ小学生だったにもかかわらず、どのように効果的に数学を学ぶか、また具体的な現象と抽象的な概念を結びつける方法を丁寧にご指導くださいました。これによって、私は理系の分野への興味を持つようになり、その結果、大学を選ぶ際にコンピュータサイエンスと化学工学という専門分野を志望することに繋がりました。 もし今、先生にお目にかかることができるなら、何よりもまず、心からの尊敬と感謝の気持ちをお伝えしたいです。現時点で私はまだ大した成果を挙げているわけではなく、未熟な部分も多いかもしれません。しかし、将来、修士課程を無事に修了し、良い仕事に就き、先生にもう一度お会いできる日が来ることを願っています。その時には、先生が一生懸命に育ててくださった生徒が、立派な社会人として成長した姿をお見せできるようにしたいと心から思っております。